メッセージ – 代表者の経歴に代えて
この写真は、インドで撮ったものです。
日本へ移送するゾウを送り出す前の、セレモニーの一場面です。
おでこにつけられた黄色い印は、
「無事に旅が終わるように」という祈りだそうです。
このとき改めて感じたのは、
モノを運ぶ仕事とは、単なる物流ではなく、
人と人、国と国をつなぐ仕事なのだということでした。
実は私はこれまで、
リゾートの設備からアトラクション、大型機材、
そして動物まで、さまざまな“簡単には動かせないもの”を扱ってきました。
その経験が、FieldLinkの原点になっています。

私は1986年、国立東京工業高等専門学校 機械工学科を卒業しました。同級生がエンジニアとして就職をしていく中、私は旅に魅せられてしまいました。
卒業後はリゾートや農家の手伝いをしながら、日本国内を自転車で巡り、その後列車やバスを乗り継いででシルクロード(上海~イスタンブール)を旅しました。
この旅で強く感じたのは、
国や文化を越えて、人とモノが行き交うことの可能性でした。
帰国後、その思いから通関士の資格を取得し、通関業務に従事。
「モノが国境を越える仕組み」を実務として学びました。
その後、アメリカ・ラスベガスでの駐在の機会を得て、旅行会社にて2年間勤務。
海外の観光地がどのように運営され、どのように魅力を発信しているのかを現地で体験しました。
帰国後は、北海道内のリゾートに道内作家のクラフト作品を卸す仕事をしました。その取引先の中で興味を持ったのは、ニセコアルペンリフト・ホテルニセコアルペン。縁があって一度破綻をしたニセコひらふのリゾート再生案件に営業企画責任者として参画しました。
リゾートの再生が完了した後、一般社団法人ニセコプロモーションボードの設立と運営に事務局次長として携わりました。
ニセコの国際化の土台が作られていく時期を、現場の一員として経験しました。
その後、所属をしていた会社の転勤で長野・東京での勤務を経て北海道へ戻り、加森観光株式会社へ。
イベント企画、海外営業、アトラクション部、事業開発室を担当しながら、
海外からの輸入案件を実務として数多く手掛けました。
遊園地の大型アスレチック遊具、スノーエスカレーター、大型LEDスクリーンをはじめ、
スキー関連用品、リゾート家具、照明・イルミネーション、販促用グッズまで、
多岐にわたる製品を海外から導入。
そして最終年度には、インドから姫路セントラルパークへのアジアゾウ4頭、南アフリカからホワイトライオン3頭の輸入を、実務責任者として担当しました。
これは単なる輸入ではなく、ワシントン条約の許認可、法規制、検疫、国際調整、輸送、現場受入れまでを含む、極めて難易度の高いプロジェクトでした。
2026年1月、60歳で定年退職。
これまでのすべての経験を活かす形で、FieldLinkを設立しました。
これまでの経験の中で一貫して感じてきたことがあります。
「海外には優れた技術や製品が数多くある。
しかし、日本のリゾート現場には、まだ十分に届いていない。」
FieldLinkは、そのギャップを埋めるために生まれました。
2026年2月
合同会社FieldLink 代表 青木 智一



世界には、リゾートやレジャーの常識を軽々と超える発想がある。
